株式会社船橋屋様

世代を超えて愛される「くず餅」が繋ぐ絆

左から戦略企画部 広報室:猪瀬様、渡邊様、企画本部 通販事業部:松岡様、川妻様

江戸時代から219年の歴史を誇る株式会社船橋屋。伝統的な製法で作られるくず餅は、職人の技と科学の融合により進化を続けています。世代を超えて愛され続ける秘訣は、伝統を守りながらも新しい価値を創造し続ける姿勢にあります。時代に合わせた革新を続ける老舗の挑戦についてお話を伺いました。

職人の手作業で作り出されるくず餅

船橋屋の歴史と現在の事業について教えてください。

川妻様:船橋屋は1805年、江戸時代に創業し、今年で219年目を迎えます。現在の社長は9代目になり、主な事業はくず餅やあんみつの製造・販売です。和菓子と洋菓子を融合させたスイーツやカフェなども展開しており、都内を中心に25店舗を運営しています。

主力商品くず餅の特徴を教えてください。

川妻様:まず、関西の「葛餅」と関東の「くず餅」は全く異なります。関西の葛餅は葛の根から取った原料を使い、透明でぷるんとした食感です。一方、私たちが作っている関東のくず餅は小麦粉が原料です。小麦粉からでん粉質だけを取り出し、それを450日かけて発酵させます。そのため、歯ごたえがあり、白っぽい色をしています。

無添加にこだわっていて保存料は一切使用していないため、消費期限は2日間と短いのですが、自然なものを自然なままに食べていただきたいという思いがあります。

200年以上守り続ける無添加製法 元祖 くず餅

製造方法にも何か特別なこだわりがあるのでしょうか。

川妻様:製造過程では一部機械化も進めていますが、最終的には職人の手作業が重要になります。特に「あたり」と呼ばれる、蒸し上げた直後のくず餅の弾力を職人が手の感触だけで見極め、配合や蒸し時間の調整を行う作業が非常に重要です。

この「あたり」の作業は、10年、20年の経験を積んでもなかなか極めるのが難しいと言われています。

手の感触だけで弾力を判断する職人技

くず餅と共に刻む、特別な思い出

船橋屋が200年以上も愛され続けている理由は何でしょうか。

川妻様:船橋屋の大きな特徴は、お客様が船橋屋に対して多くの思い出を持ってくださっていて、お客様の人生に寄り添っている、ということです。ありがたいことに、感謝の気持ちやそれにまつわる思い出を伝えたいと言ってくださるお客様が多いです。そのような気持ちを大切にするため、ホームページに「思い出のエピソード」コーナーを設けており、ここにお客様の思い出を書き込んでいただいています。

具体的にどのようなエピソードをお持ちのお客様がいらっしゃるのでしょうか。

川妻様:船橋屋のすぐ横には亀戸天神があり、そこでは季節ごとに梅や藤の花など四季折々の花々を楽しめます。多くのお客様は、この亀戸天神と船橋屋にまつわる家族との大切な思い出をお持ちです。例えば、祖父母に亀戸天神へ連れて行ってもらい、帰りに船橋屋に寄ってくず餅を食べた思い出や、お父さん、お母さんと一緒に本店でくず餅を食べた思い出、七五三の時に亀戸天神を訪れてくず餅を食べたなど、家族との大切な思い出と結びついている方が多いですね。

猪瀬様:私も本店で接客していた際に、1人の男性のお客様が来店された時のことが心に残っています。「やっぱり船橋屋はいいよね。好きなんだよね」と話しかけてくださり、とても印象深いお話を聞かせていただきました。

その方は、1年前に奥様と一緒に来店されました。お2人で藤の花を見に来られ、そのあとで船橋屋のくず餅を召し上がったそうです。「本当に幸せな気分になった」とおっしゃっていました。しかし、その後奥様が亡くなられてしまったそうです。奥様との大切な思い出の場所である船橋屋を忘れることができず、今年も同じ時期に来店されたとのこと。「妻と一緒に来ている自分を思い出して、本当に心が温かくなった」と語ってくださいました。

このお話を聞いて、私も胸が熱くなりました。お客様の人生の中に深く関わらせていただいていると感じています。お客様の思い出や船橋屋を好きでいてくださる気持ちを私たちも大切にしたいと思っています。

船橋屋初の試みとなる「ファンミーティング」

お客様の思い出と深く結びついている船橋屋様は、お客様とどのようなコミュニケーションをとっているのでしょうか?

猪瀬様:店頭での接客以外ではSNSのX(旧Twitter)やInstagram、Facebookなどで船橋屋のファンでいてくださるお客様とのコミュニケーションを大事にしています。最近ではファンミーティングというイベントも開催しました。

ファンミーティングが開催された経緯を教えてください。

渡邊様:ファンミーティングは2023年秋頃から始めた新しい取り組みです。SNSでのコミュニケーションも大切ですが、お客様とお会いして声を聞くことで新たな発見があると考えたのがきっかけです。

船橋屋が200年以上続けてこられたのは、お客様に支えられ、くず餅を愛していただいたからだと実感しています。そこで、お客様やファンの方々をさらに大切にしていきたいと考えました。その中で、まずはファンの方の声を直接聞くことが最も重要だと思い、ファンミーティングを開催することにしました。

初めての開催にもかかわらず予想以上の応募があり、当初1日の予定だったものを2日間に拡大するほどの盛況ぶりでした。

素敵なイベントですね。ファンミーティングの内容はどのようなものですか。

渡邊様:アットホームな雰囲気を大切にしています。少数のグループに分かれて、その日限定のオリジナルあんみつを提供したり、くず餅とドリンクのペアリングを行いながらファンの方とお話をしたりしました。
また、お客様との接点が少ない部長やくず餅職人にも参加してもらい、お客様が普段聞けないような話をしていただく機会も設けています。

ファンの方々と直接交流できる機会は貴重ですね。ファンミーティングを通じて、印象に残ったエピソードはありますか?

渡邊様: ファンミーティングで、ある女性から聞いたお話が特に印象に残っています。その方のお父様が亡くなる直前、病院で最後にどうしてもくず餅が食べたいとおっしゃったそうです。娘さんが買ってきたくず餅をお父様と一緒に食べたのが最後の思い出だったとのことでした。その方は、毎回命日には必ずくず餅をお供えし、ファンミーティングに参加する前も仏壇で手を合わせて報告してきたと涙ながらに話してくださいました。
このようなエピソードを聞くと、本当に世代を超えて愛されていることを実感します。

お客様とお客様が繋がることでくず餅の魅力がさらに広まっていく

新規のお客様を獲得するための戦略を教えてください。

川妻様:基本的に船橋屋は広告を出していません。テレビCMや交通広告は行わず、ネット広告も最小限に抑えています。これは、広告が一方的な発信になりがちだと考えているためです。代わりに、先ほど紹介した本当に船橋屋を好きな方の生の声で他の方に伝えることを重視しています。

「船橋屋を好きな方の生の声で他の方に伝える」とは具体的にどのようなことでしょうか。

川妻様:具体的には、既存のお客様からの口コミを最も大切にしているということです。特に祖父母世代から親世代へ、親世代から子世代へと、くず餅の魅力が受け継がれていく形の口コミを重視しています。
また、近年ではSNSを口コミツールとして早くから取り入れ、家族間の縦方向だけでなく、お友達の横方向にも口コミの連鎖を繋げたいと思い、活用しています。Facebookは10年以上前から始めており、現在はX(旧Twitter)やinstagramの発信も。
加えて、テレビや雑誌などで紹介していただける機会を頂戴した際には、積極的に協力しています。芸能人や有名人が自然に「この商品が美味しいし健康価値がある」と紹介してくれるような、純粋なメディア露出を大切にしているんです。

このような取り組みを通じて、最終的には社会全体が発酵食品「くず餅」をきっかけに、食の喜びや健康に関して興味を持ってくれることを目指しています。お客様同士の繋がりがより大きな輪となって広がっていくことで、船橋屋とくず餅の価値が自然に伝わっていくのではないかと思っています。

伝統あるくず餅と科学を融合させることでお客様も従業員も納得の商品が出来上がる

事業展開が広がっているそうですが、その背景を教えてください。

川妻様:事業展開が広がったきっかけは10年ほど前に発見した「くず餅乳酸菌」です。お客様から「くず餅を食べると体調がいい」という声をよく聞いていましたが、研究の結果、くず餅の発酵過程で生まれる独自の乳酸菌を発見しました。この乳酸菌は植物性ラクトバチルス乳酸菌です。植物性ラクトバチルス乳酸菌は、体内で重要な働きをする善玉菌の一種で、身体のコンディションを整え、健康や美容の維持に適していると言われています。
この発見をきっかけに、くず餅乳酸菌を使った新しい商品開発を始めました。スイーツやドリンク、サプリメントなど、美味しさや思い出を大切にしながら、健康にも寄与できる商品を展開しています。

新しい商品を展開する一方で、くず餅屋としての軸はぶらさないようにしています。くず餅とくず餅乳酸菌を中心とした商品展開によって、最終的には多くの方にくず餅の魅力を知っていただくことが私たちの目標です。

2022年11月 ジャパン・フード・セレクション 金賞受賞 飲むくず餅乳酸菌

研究の結果、独自の乳酸菌を発見したのはすごいですね!
現在は100年経営研究機構と共同研究も始められたと聞きました。背景について教えてください。

猪瀬様:私たち船橋屋のくず餅は原料である小麦澱粉を450日乳酸菌発酵することにこだわりを持っていますが、なぜ450日なのかは職人の経験値で決まっています。また、発酵槽の中には多くの種類の乳酸菌がいますが、その中で発酵に関わる乳酸菌を特定したいと考えました。

それは具体的にどういうことでしょうか?

猪瀬様:これまでくず餅づくりは、職人たちの経験値でより良いものを目指し伝承してきました。しかし、450日発酵させるのも、ふた夏を越え熟成させることが重要だとされてきました。また、乳酸菌が見つかったのも10年前ぐらいであり、乳酸菌がもたらす役割は何かなど、職人の経験値を科学的に解明したいと考えました。
職人たちが伝承してきた技術を科学的に分析することで、船橋屋のくず餅の独特な食感や歯ざわり、風味などの特徴を裏付けることができます。乳酸菌の役割が明確になることで、さらなるイノベーションの種も見つけていければと考えています。また、職人たちも各作業の目的や意味、効率化を図るためにも、経験値がものをいう「背中を見て覚える」での技術の伝承も難しくなっていますので、科学的根拠に基づいた製法を構築していければと思います。

100年経営研究機構との取り組みはどのようにして始まったのですか?

猪瀬様:100年経営研究機構は日本の長寿企業の持つ叡智を視覚化し、共有していく活動をしていますが、 以前から勉強会等に参加していました。その中で、「Do-Tank NEXT100」という次の100年に向けた伴走型事業開発支援事業が創設され、弊社のくず餅研究を依頼しました。

この研究の結果をホームページで公開していますが、その目的は何でしょうか?

猪瀬様:以前、「くず餅が発酵食品であることを知っているか」というアンケートに対し、知っていると回答した方は約2割で、ほとんどの方が知りませんでした。そこで、くず餅乳酸菌を活用した商品を展開し、少しずつではありますが発酵食品であることを知っていただけるようになりました。 今回も船橋屋の主力商品である「くず餅」について研究活動を通して、多くの方に知っていただく機会を作りたいと考えています。くず餅は発酵食品であり、日本伝統の和菓子であり、色々な側面を持っています。研究を通して、くず餅の面白さを感じながら味わっていただきたいと思います。 伝統と化学を融合させることで、より多くのお客様に喜んでいただける商品づくりを目指していきます。

伝統を守りながらも、新しい価値を創造し続ける

今後の事業展開で最も大切にしていることは何ですか?

川妻様:私個人の考えにはなりますが、「イノベーションを起こし続けること」です。新しい商品を開発するだけでなく、既存の商品の価値を変えることもイノベーションだと思っています。例えば、くず餅を単なるお土産物ではなく、発酵食品で無添加、グルテンフリー、低カロリーで体に優しい食品としてイメージを変えていきたいです。

私たちの中期経営計画のビジョンに「くず餅Re BIRTH宣言」というものがあります。「Re BIRTH」は「生まれ変わる」という意味で、くず餅の価値を生まれ変わらせるというビジョンを掲げています。

最後に、くず餅の価値をどのように未来に繋げていきたいですか?

川妻様:くず餅乳酸菌を通して、皆様の健康に寄与していきたいと考えています。また、くず餅の伝統を科学し、歴史を育てることで次世代に継承していきたいです。

左からEストアー 赤星、船橋屋 川妻様、Eストアー 鈴木
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