親⼦4代で守り伝える綿の魅⼒
「寝具のわたや森」は⼤正6年の創業以来、約100年の歴史を持つ⽊綿わた寝具の専⾨店。天然素材の⽊綿わた⼀筋に、製綿、打ち直し、布団や座布団の仕⽴て、販売まで、⾃社で⼀貫して⾏っています。時代の変遷とともに、事業を変化、拡⼤してきたわたや森だが、天然素材の良質な⽊綿わたを使って、熟練職⼈⼿作りの布団を作る姿勢は今も昔も変わらない。⼤量⽣産される安い使い捨ての化学繊維の布団ではなく、打ち直せば再利⽤できる昔ながらの綿布団は、天然素材が原料の地球にやさしい製品、そして質の良い睡眠がとれる⽇本の⾵⼟に合った寝具として、その魅⼒を再認識する⼈が、⽇本のみならず、最近では海外でも増えている。今回は、そんな布団づくりの裏側に⾃らも魅了され、異業界からわたや森に⼊社されたネット通販担当の⼯藤さんにお話を伺った。
かつて、布団は買うものではなく作るものだった
⽊綿わた寝具の仕⽴てや販売を始められたきっかけを教えてください。
当社は、⼤正6年(1917年)に江東区で製綿業を始めて今年で創業98年になります。創業者は現社⻑の森の曽祖⽗にあたり、現在4代⽬です。わたや森のルーツは、着物の洗い張りでした。洗い張りというのは、着物のちょっと⼿のかかるクリーニングのことで、着物を⼀旦ほどいて⽔洗いし、ピンと張った状態でのり付けをして、再度新品のように仕⽴て直すというものです。昔は着物が貴重品でしたので⻑く⼤切に使う⼯夫がなされていたんですね。また、⼤正から戦前の昭和20年頃までは、⼀般家庭では布団は買うものでなく各家庭で作るものでした。綿は綿屋で購⼊しましたが、綿を包む布団の側地(がわじ)に着物⽣地を使うことが⼀般的だったので、洗い張りで着物を扱っていた当社が製綿業や後に寝具店を始めたことは⾃然な流れだったのだと思います。
その後、⼥性が社会進出し始め⼀家の収⼊が増えたことで、布団は作るものから買うものに変化しました。布団の需要が⼤きく、当社も布団メーカーとなり、布団屋さんへの卸売りを主な事業としていました。しかし、昭和30年代頃から、洋⾵寝具のベッドやマットレス、⽻⽑布団が⼀般家庭にも浸透したことで、綿布団を買う⽅が⼤幅に減り、廃業や倒産に追い込まれる布団屋さんが全国にいらっしゃいました。そんな時代の移り変わりを⽬の当たりにした先代は、⾃分たちが丹精込めて作ったものは、⾃分たちの⼿でしっかりとお客さんに届けていこうと決意し、製綿から布団の⼩売まで⼀貫して⾏う現在の形になりました。
寝具のわたや森の特徴は、扱う商品のほとんどが天然の⽊綿わたにこだわって作られたものであることと、⾃社で製綿所と製作所を持っているからこそ可能となる、仕⼊れた原綿の製綿から布団の仕⽴てまでを⾃社でスピーディに⾏えることです。時々、地元のお客さんから急ぎの注⽂をいただくことがありますが、作業が⽴て込んでいなければ、注⽂を受けてから製品の仕⽴てまで、最短2時間で対応することが可能です。こういう動きが可能なのは、専⾨店かつ⼩規模で⼩回りが利く当社ならではの強みだと思います。
⼈⽣の1/3を共に過ごすパートナー、寝具は最⾼の贅沢を
わたや森さんが原料に使う綿の特徴を教えてください。
現在当社で使⽤している綿は、⼤きく分けて主にインド綿とメキシコ綿の2種類です。インドもメキシコも世界有数の綿の産地で、特にインドは中国に次いで世界第2位の⽣産量を誇ります。また、インド綿は世界で⼀番綿の種類が多く、約65種類もあると⾔われています。その中でも繊維の⻑さが6〜18mmと短くて太い、布団に適したインド綿を使⽤しています。タオルなどに使われる⼀般的な綿の繊維は22〜28mmほどあります。このインド綿は、程よい柔らかさと弾⼒性があるのでへたりにくく、敷布団に適しています。 ⼀⽅、繊維が細⻑く、しなやかで柔らかくてフィット感があるメキシコ綿は、敷布団にするとすぐにへたってしまうので掛布団に適しています。このように⽊綿わたと⼀⼝に⾔っても、品種によって繊維の⻑さや太さ、弾⼒性などそれぞれに特徴があるので、素材の持ち味を最⼤限に⽣かせるような商品作りも⼤切なことです。また、素材の違いだけでなく、お客さんによっても、敷布団はしっかり堅めがいいとか、ちょっと柔らかめが好きなど好みはさまざまですので、ご希望に沿えるよう、布団の中綿の素材や量にも柔軟に対応させていただいています。
⼈⽣の3分の1を過ごす布団ですので、健康のためにも⾃分にピッタリ合った寝具を使うことは⼤事だと思います。実は「⾃分に合う布団はどれでしょうか︖」というご相談をお客様から毎⽇いただきます。布団ってすごく⾝近なものなのに、意外と知らないことが多いものなのかもしれません。 ちなみに、当社は綿を海外から仕⼊れているのではなく、綿が植えつけられる前から畑そのものを年契約で購⼊して綿の確保を⾏っています。布団のシングルサイズで約6キロ、座布団1枚に約1.2キロの綿が⼊っているので、秋⼝など注⽂が増える時期には1週間で1トンもの綿を使います。綿は世界で使われる⼈気の天然素材ですので、私たちがお客さんに提供したい良質な綿を安定的に確保するには、良い綿花が採れる畑を押さえておく必要があるのです。
布団が生き返る「打ち直し」
あまり聞きなれないのですが、“打ち直し”について教えていただけますでしょうか︖
⽊綿わたは、吸湿性と保温性が⾼い優秀な天然素材ですので、布団にすると、寝汗をしっかり吸ってくれるので夏でも蒸れず、冬はあったかで寝⼼地が抜群に良いです。ただし、湿気が逃げにくい弱点があるので、こまめに天⽇⼲しや布団乾燥機を使って乾燥させれば、復元⼒が⾼まり、ふっくら元通りになります。その際には布団をパンパンと叩かないようにくれぐれも気を付けてください。作業場で布団の作り⽅を⾒ていただいたのでお分かりになると思いますが、布団の中⾝は柔らかいシート状の綿でできています。半分に折るだけでも折り⽬には圧がかかるのに、さらにその状態で思いっきり叩いてしまうと、中綿の繊維は切れ切れになり、まるで埃のように叩くたびに布団から出てしまいます。やりすぎると中綿が真っ⼆つになってしまうこともありますので、ぜひ優しく⼲してあげてください。(笑)
布団は、こまめに⼲したとしても毎⽇使っているうちに徐々に重たくぺしゃんこのままになってしまいます。そうなった時に、打ち直しという昔ながらの布団リフォームをオススメしています。 布団を裁断して中綿を取り出したら新しい綿を⾜し、機械で綿をほぐしてフワフワの綿シートにしたら、再度布団を仕⽴てる、これが打ち直しです。⼀度ぺしゃんこになったら捨てるしかない化学繊維にはまねできないことです。
布団の使⽤頻度や体格などにもよりますが、打ち直しの⽬安は敷布団で3年、掛布団で5年と⾔われています。打ち直しをした布団は新品同様、ビックリするくらいふかふかになり、買いなおすよりもお得な上に環境にも優しく、ちょっといい気分になりますよね。当社では、布団の中にどんな綿を⼊れたのか⾒て触っていただけるように中綿のサンプルを商品に付けてお返ししています。こんなにフワフワな綿が⼊っているのかと知るだけでも、⼼地よさがぐっと増すんじゃないかと思います。
「早起き殺しの布団」を生み出した熟練の職人技
わたや森さんならではである熟練の職⼈さん⼿作りされる布団の魅⼒と、これから挑戦していきたいことについて教えてください。
当社には、10代のころから50年以上も布団づくりを続けている熟練の職⼈が3⼈もいて、布団や座布団はすべて職⼈が1枚1枚ご注⽂いただいてから⼿作りで仕立てています。今は機械で布団を作るところありますが、綿の微妙な厚さの調整や、敷布団の⼀番へたりやすい中央部分をかまぼこのようにかさ⾼に仕上げられるのは、⼿仕事だからこそだと思います。職⼈の作業を⾒ていると、重ねた綿を布団⽣地に⼊れる「返し」という技、綿⼊れ後に⽣地を縫い合わせる「⼝くけ」など、どの所作にも無駄が無く、⾃分の倍の年齢だということを忘れてしまうような、流れるような⾝のこなしと⼿さばきにはついつい引き込まれてしまいます。他にも、⽣地を縫う絹⽷の⻑さひとつにもこだわりがあり、「布団を1枚作った時に余る⽷の⻑さは数センチかもしれないけど、何⼗枚分も作れば結構な⻑さになるからね」と、必要最⼩限の⻑さで仕⽴て上げるのは、職⼈道具への愛情と熟練のなせる技だと感じています。
⼤型量販店などで化繊の安い布団を買う⽅も多いと思いますが、寝る⼈の体重のかかり具合や寝⼼地の良さを考えながら素材を選び、⼀枚⼀枚⼿作りした布団は、寝てみるとその⼼地よさの違いが実感できると思います。うちの布団をお使いいただいている旅館では、普段早起きする⽅もその寝⼼地の良さになかなか起きてこないので「早起き殺しの布団」と呼ばれています(笑)でも、そのお話を聞いて、睡眠と布団の質が切ってもきれない関係にあるんだなということを改めて感じました。
全国的に昔ながらの布団屋さん、布団職⼈さんが少なくなり、現役の職⼈さんだと60代でも若⼿と⾔われるほど⾼齢化が進んでいる今、綿布団の魅⼒をもっと沢⼭の⼈に伝えていくことが私たちの役⽬だと感じます。多くの⽅が綿布団で良い睡眠を取り、その⽅たちのために職⼈さんに思う存分腕を振るってもらう、そんな関係を⽬指していきたいですね。